Column コラム

Vol.24【カスタマーハラスメントという名の犯罪~脅威~】

今回のコラムでは、以下のラインナップでお送りいたします。


カスタマーハラスメントの現況

顧客や利用者が企業や組織に対して突然理不尽な要求を押し付ける、恐喝や暴力行為に及ぶといったカスタマーハラスメント(カスハラ)は、時には放火などの悲劇的な事件に発展することもあります。
京アニ放火殺人事件(2019年)や大阪キタ新地放火殺人事件(2021年)、埼玉県ふじみ野市の立てこもり事件(2022年)などの事件は、犯人が何の前触れもなく突然暴力的な行為に及んだと思われがちですが、自分の不当行為の正当性を主張するなどの感情に固執した結果、引き起こされた犯罪です。
2023年4月号でも「大切な従業員を守るカスタマーハラスメント対策と人材対策」という題目で発信させていただきましたが、今月号においてもカスタマーハラスメントをさらに深堀し、抵触するかもしれない犯罪などについて、弊社顧問である西岡敏成氏に話をうかがいます。
※本内容は、西岡氏へのインタビューを基に再編集したものです。
 

1:カスタマーハラスメントの現況

 
カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先などからの不当なコミュニケーションにより、従業員が心身ともに苦痛を与えられ、労働時間や就業環境などが損なわれることを指します。また、訴える手段が常識的な範囲を逸脱している点も特徴のひとつです。
被害例を挙げると、長時間の電話や居座り、従業員の長時間にわたる拘束、クレームの繰り返し、言いがかりによる金銭要求、大声での恫喝や暴言、脅迫、不法侵入などがあります。近年はインターネット上に悪意のある投稿をして、企業や従業員の信用を貶める事例も報告されています。
2021年に厚生労働省が実施した調査では、各種ハラスメントに関する相談があったと回答した企業のうち、パワハラに続いて相談件数が多いのがカスハラ、続いてセクハラという結果でした。
また、過去3年間に勤務先でカスタマーハラスメントを経験したと答えた人の割合は15.0%で、他のハラスメントと比較すると、最も多いパワハラ(31.3%)に次いで2位という結果が出ています。
カスタマーハラスメントの内容で最も多かったのが、長時間の拘束や同じクレームの過度な繰り返し(52.0%)でした。次に多いのが名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(46.9%)で、著しく不当な要求(24.9%)がそれに続きます。
 
参考URL
カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/cusuhara_manual.pdf
 

2:被害に遭いやすい業種

 
あらゆる業界内でカスタマーハラスメント被害が報告されていますが、特に被害に遭いやすいのが以下の業種です。

・対人で接客する業種
小売業、飲食業、ホテル業などのサービス業は、対面で顧客と接する機会が多い分、直接不満をぶつけられる標的になる機会が多くなります。

・顧客の要望が多岐にわたる業種
運輸、医療、金融、保険などでも被害が多く報告されています。求めるサービス内容や範囲が個人によって異なることに加え、各顧客がイメージしている要望や期待を完全に満たすことが難しいため、期待値と実際の対応のずれに対して不足・不満を覚える利用者が生まれやすいのが特徴です。

・匿名の顧客に対応する業種
コールセンターなどのカスタマーサポートやオンラインビジネスなども、カスタマーハラスメント被害が多く発生します。顔が見えないことで、相手に対する配慮や敬意が欠け、加害者側の攻撃性が増す傾向にあります。
 

3:カスタマーハラスメントを起こしやすいとされる人物の傾向や要因

 
・強い感情やストレスを抱えている人
顧客に対して逆らいにくい従業員に向けて、ストレスや不満をぶつけて発散させる危険が高い人です。抱えているストレスにより冷静な判断が下しにくいため、クレームが悪質化する恐れもあります。

・コミュニケーション能力が欠けている人
コミュニケーション能力に欠ける人は自分の考えをうまく伝えられず、代わりに攻撃的な行動を取ることがあります。
また、あくまでもスタッフとしての立場から、接客の範囲内で親切にされたのに対し、相手が自分に好意を持っていると勘違いし、待ち伏せやつきまといなどの迷惑行為に発展するケースもあります。

・心の問題を抱えた人
精神的な疾患や心理的な問題が原因で感情のコントロールが難しく、激しい怒りを抑えきれない場合があります。そうした状況では意思の疎通が難しくなり、トラブルが起きます。また、アルコールや薬物の影響によって判断力が低下した場合には、攻撃的行動に出るケースなども見られます。

・差別的な信念を持っている人
偏見や差別的信念を強く持つ人は、特定の個人やグループに対して攻撃的な行動を取る恐れがあります。例えば「女医は有能ではない」などの偏見や、ジェンダー差別、人種差別等による暴言、SNSで特定の個人の悪評を広めるなどの行為も見られます。
これらの特徴や傾向を持つ人は、外見から判断するのは非常に困難です。企業側は誰もがカスタマーハラスメントを起こす恐れを秘めていると意識し、対策をしておく必要があります。
昨今はインターネットの普及により、情報が非常に早く広範囲に拡散されるようになりました。その過程で内容が誇張されやすいこともあり、ちょっとしたトラブルでも大きなダメージを受ける恐れがあり、対応が後手に回らないようにすることが大切です。

 


カスタマーハラスメントの判断基準と抵触する法律

LINEUP1では、カスタマーハラスメント(カスハラ)の現況や被害内容、被害に遭いやすい業種、カスハラを起こしやすいタイプについて見ていきました。LINEUP2では、カスタマーハラスメントだと判断する基準、カスタマーハラスメントが抵触する恐れのある法律に関してお伝えします。

 

1:カスタマーハラスメントの判断基準

 
企業の業種、業態、文化などにより、顧客等への対応方法・基準が異なることから、カスタマーハラスメントを明確に定義するのは難しいですが、判断する際は以下の2点に注目します。

・要求内容は妥当なものか
顧客・利用者側の主張について、事実関係や因果関係を確認し、それが根拠のある要求か、内容は妥当かどうかを判断します。
いずれも適切で商品やサービスに問題がある場合は、真摯に謝罪するとともに、交換・返金などの然るべき対応をしましょう。
一方、自社側に過失がなく、相手の訴えが不当な可能性が高いと判断した場合は、カスタマーハラスメントに当てはまると考えられます。その際は毅然とした態度で接し、要求を拒否するのが理想的です。

・要求を実現するための手段や態様が社会通念に照らして相当な範囲か
たとえ要求内容自体が妥当な範囲内であったとしても、長時間にわたる拘束や、要求が暴力的、威圧的、継続的、拘束的、差別的、性的である場合は、カスタマーハラスメントに該当する可能性が濃厚です。
従業員に著しい負担がかかっているか、就労環境が度を超えて害されているか、という視点で考えるとわかりやすいかもしれません。
これは、クレームの内容とは別の論点なので切り離して考えるようにしましょう。
多くの場合、最初にカスタマーハラスメントか否かの判断をするのは、現場対応者から相談を受けた窓口の担当者や現場監督者などです。スムーズに対策が講じられるよう、トラブル発生時の対応手順や相談体制をあらかじめ整えておきましょう。
カスタマーハラスメント発生時は、従業員を守るためにも、従業員個人で対応させないことが大切ですが、従業員が少ない企業などでは、1人で対応せざるを得ない場合もあります。その際も、緊急性や危険性に基づいた判断基準を事前に設定しておくことが重要です。
判断基準は「レッドカード1枚・イエローカード3枚」を意識して作成することをおすすめします。居座りや暴力、恫喝など、緊急性・危険性が非常に高いものならばレッドカード、繰り返しのクレームなど中~高程度ならばイエローカードに分類します。レッドカードに該当する行為がひとつ見られたら即座に警察に通報、イエローカードに含まれる行動が3つ見られたら警察に通報、というように決めておきましょう。
 

2:法律に抵触するカスタマーハラスメント

 
現在の日本には、カスタマーハラスメント自体を規定したり取り締まる直接の法律は定められていません。ただし、暴力や脅迫などのカスタマーハラスメントが発生した際、法律に抵触するケースはあります。カスタマーハラスメントが抵触しうる法律には、主に以下のようなものがあります。

・威力業務妨害罪(刑法234条):威力を用いて他人の業務を妨害した者に対し、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金
→頻繁にクレームを入れ続ける、嫌がらせの電話やFAXを繰り返す、業務に支障が出るレベルで長時間従業員を拘束するなどの行為が該当します。

・不退去罪(刑法130条):正当な理由がないのに、人の住居や管理する建物などに侵入した者、あるいは要求を受けたにもかかわらず退去しなかった者に対し、3年以下の懲役又は 10万円以下の罰金
→関係者以外立ち入り禁止の空間への押し入り、長時間の居座りなどが当てはまります。

・脅迫罪(刑法222条):生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者に対し、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金
→「お前の家を燃やす」、「殺すぞ」などの脅迫や「俺にはバックに暴力団がいる」などの言動(脅迫罪以外にも抵触する恐れ)が挙げられます。

・強要罪(刑法223条):生命、身体、自由、名誉、財産に対し害を加える旨を告知して脅迫した者、または暴行を用いて人に義務のないことを行わせた、あるいは権利の行使を妨害した者に対し、3年以下の懲役
→従業員に土下座させる、自宅に何度も呼びつけ謝罪させるなどの行為が挙げられます。

・恐喝罪(刑法249条):人を恐喝して財物を交付させた者、人を恐喝して財産上不法の利益を得た者、または他人にこれを得させた者に対し、10年以下の懲役
→「SNSに載せるぞ」と脅かして不当な慰謝料を請求する、「服が汚れた、弁償しろ」と言いがかりをつけて金銭を要求する、などの行為が相当します。

・名誉棄損罪(刑法230条):公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者(その事実の有無にかかわない)に対し、3 年以下の懲役もしくは禁固又は50万円以下の罰金
→SNSに従業員や企業を貶める内容の書き込みをする、他の客の前で従業員の名誉を傷つけるような罵倒をする、などが含まれます。

・侮辱罪(刑法231条):事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者に対し、1年以下の懲役もしくは禁固もしくは30万円以下の罰金又は拘留もしくは科料
→暴言を吐く、人前で罵る、などが挙げられます。インターネット上の誹謗中傷対策を強化するため、令和4年7月厳罰化されました。

・その他の犯罪
-ストーカー規制法違反
→特定の従業員へのつきまとい
-迷惑防止条例、不同意わいせつ罪
→盗撮や従業員へのわいせつ行為
-銃刀法違反
→ナイフなどの凶器の所持
-暴力行為等処罰法違反
→複数人、常習的、凶器を示しての暴行、脅迫
-建造物侵入罪
→正当な理由のない業務スペースへの立ち入り等

参考URL
侮辱罪の法定刑の引上げについて
厚生労働省 カスタマーハラスメントテキスト
https://www.moj.go.jp/content/001375699.pdf

このように、カスタマーハラスメントはすぐに法律に抵触する場合もあることを把握し、トラブル発生時には対応手順や相談手順を整えておくことが大事です。

 


カスタマーハラスメントの脅威と対策

LINEUP2では、カスタマーハラスメント(カスハラ)と判断する基準や抵触しうる法律について詳しく見ていきました。LINEUP3では、カスタマーハラスメントに潜む危険性、望ましい対応・対策に関してお伝えします。

 

1:最近の犯罪行為にみるカスタマーハラスメントの脅威

 
厚生労働省のカスタマーハラスメントテキストによりますと、カスタマーハラスメントを行いやすいタイプには、独善的で攻撃的な性格の持ち主が多いとされています。他者への共感が薄い傾向にあり、相手の感情や事情、権利などを無視し、自分の欲求や感情を押し通そうとしてしまいます。この問題行動が激化すると、脅迫やつきまとい、暴力、さらには命に危険が及ぶ事件に発展する恐れがあります。
また、埼玉県ふじみ野市の立てこもり事件のように、サービス提供側と利用者家族間のトラブルがエスカレートしてしまうようなケースもあります。
自分の要求や不満が受け入れられなかったり、拒否されたりした場合には、激しい怒りや恨みを抱き、復讐や制裁を企てることも考えられます。カスタマーハラスメントは凶悪犯罪につながる脅威にもなり得ます。

参考URL
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000881329.pdf
 

2:犯罪行為に抵触したカスタマーハラスメントに対する現場における初期対応

 
・従業員の安全確保
実際、犯罪行為に抵触する可能性の高いカスタマーハラスメントが発生した場合、最優先すべきは従業員の安全確保です。必要とあればすぐに警備員を呼ぶ、警察に通報する、などの対応をしましょう。
ただし、相手が逆上して事態が悪化する恐れもあるため、カスタマーハラスメントが発生したと組織内で密かに伝達できるよう、事前に従業員間で合図を決めておくことをおすすめします。例えば、幼稚園に不審者が入ってきた場合などは「すずめバチが飛んでいます」という合図で、園児を避難させる、などです。

・毅然とした冷静な対応
加害者側と接する際は、感情的にならず、冷静に、毅然とした態度を貫くことを心がけてください。「この行為は○○罪に抵触します」などと警告するのも有効な方法のひとつです。
その際、1人だけに対応させず、複数の従業員が立ち会いましょう。従業員を守ることにつながるだけでなく、証言の裏付けという点でも役立ちます。

・証拠の確保
最終的には法的解決に至るケースが多いため、証拠を確保しておくことも大切です。トラブルが起きた時間や場所、関係者の名前、問題行動の内容、受けた被害などを記録します。防犯カメラの画像データ、録音した音声データなどもそろえておきましょう。
 

3: 犯罪行為に抵触したカスタマーハラスメントに対する事前対策

 
・防犯カメラの効果的な設置:
簡単に破壊されない場所にカメラを配置し、作動していることを示す掲示を行うことが、犯罪行為の抑止力としても重要です。

・社内への障壁導入
業務形態によって対応できる程度が異なりますが、侵入を防ぐ対策も必要です。不審者や迷惑行為を働く人間を内部に入れないよう警備員を配置する、受付で訪問者をチェックする、といった体制を整えましょう。

・有事の際の組織対応
実際に事件が発生した際、対策する体制を整えておくことも欠かせません。組織内での基本方針を定め、対応をマニュアル化し、従業員教育により周知を徹底させることが重要です。定期的に不審者対応訓練を行うのも役立ちます。

・従業員へのフォロー体制整備
被害に遭ってしまった場合を考慮し、従業員のフォローを充実させておくことも大切です。カスタマーハラスメントへの対処は心身ともに疲弊し、精神疾患を発症したり離職者が出たりする事態に陥りかねません。適切にメンタルケアを行うなど、被害者に寄り添った対応ができる体制も構築しましょう。

 

まとめ

 
カスタマーハラスメントが話題になると、しばしば、「お客様は神様です」という言葉が顧客側目線で用いられます。この言葉は歌手の故・三波春夫さんによるもので、本来は歌手としての心構えを示しているものでしたが、利用者側で身勝手な要求を通すために都合良く使う、という人が出てきてしまったようです。
カスタマーハラスメントを防ぐためには、消費者側と企業・組織側は対等であると認識を改めていく必要があります。
そのためにはまず、カスタマーハラスメントについての知識を深めることが大切です。場合によっては犯罪行為に該当すること、凶悪犯罪に発展する恐れがあることを組織全体で理解しましょう。
そして、カスタマーハラスメントが起きてしまった事態を想定し、従業員を守るための体制、防犯対策を徹底することが重要です。

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