はじめに
近年、気候変動の影響もあり、日本国内での熱中症の発生件数が増加傾向にあります。特に、春から初夏にかけての急激な気温上昇が、体が暑さに慣れていない時期と重なり、熱中症のリスクを高めており、総務省の調査によると、昨年5月~9月の熱中症による救急搬送者数は全国で約9万7,578人(内120名が死亡)に達し、過去最高を記録しました。
私たちの働く環境も年々厳しさを増しており、特に屋外作業はもちろんのこと、屋内作業においても、温度や湿度が上昇し、熱中症のリスクが高まっている現状は、決して看過できるものではありません。このような労働環境の悪化を受け、従業員の安全と健康を守るための対策は、喫緊の課題となっています。こうした背景を踏まえ、2025年6月、労働安全衛生法の省令が改正され、企業においては、より一層の熱中症対策が義務付けられます。企業の経営者の皆様にとって、従業員の安全と健康を守ることは、事業継続の根幹をなす重要な責務です。本コラムでは、今回の省令改正のポイントを踏まえ、中小企業が今から取り組むべき具体的な対策について解説いたします。
1 なぜ今、熱中症対策が義務化されるのか?
(1) 深刻化する熱中症の現状
近年、地球温暖化の影響もあり、夏季の平均気温は上昇傾向にあります。それに伴い、職場における熱中症の発生件数も増加しており、尊い命が失われる事例も後を絶ちません。特に、体力の弱い方や暑さに慣れていない方、持病のある方などは重症化するリスクが高く、企業として安全配慮義務を果たすことは喫緊の課題となっています。
(2) 法改正のポイント:全ての事業主が対象に
今回の省令改正の最も重要な点は、業種や事業規模に関わらず、全ての事業主が熱中症対策を講じる義務を負うということです。これまで努力義務とされていた措置も、今後は法的拘束力を持つことになり、罰則(代表者などには、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金)が設けられます。
2 中小企業が取り組むべき具体的な熱中症対策
(1) 義務化の対象となるWBGT値の基準
WBGT値が28℃以上、または気温が31℃以上の環境下で、連続して1時間以上、または1日あたり4時間を超えて行う作業が対象となります。
(2) WBGT(暑さ指数)の管理
ア WBGT値の測定:
作業を行う場所のWBGT値を、原則として常時測定することが義務付けられます。
屋内作業場においては、WBGT計を設置し定期的に測定する必要があります。
屋外作業現場においては、WBGT計の設置が難しい場合、気象庁などが提供するWBGT予測値や実測値を参考に、作業場所の状況を踏まえて適切なWBGT値を把握する必要があります。
イ WBGT値に応じた措置:
測定または把握したWBGT値に基づき、以下の措置を講じることが義務付けられます。
- 作業の中断: WBGT値が一定の基準を超えた場合、作業を中断するなどの措置を講じる必要があります。具体的な基準値は業種や作業内容によって異なります。
- 休憩時間の確保・延長: WBGT値が高いほど、より頻繁に、より長い休憩時間を確保する必要があります。
- 作業時間の短縮・変更: 可能な範囲で、WBGT値の高い時間帯を避けて作業を行う、または作業時間を短縮するなどの措置を検討する必要があります。
(3) 作業環境の整備
ア 休憩場所の確保:
作業中に従業員が適切に休憩できる、涼しい場所を確保することが義務付けられます。
屋内であれば空調設備のある部屋、屋外であれば日陰や風通しの良い場所に休憩所を設ける必要があります。
必要に応じて、冷房器具や送風機などを設置することも求められます。
イ 換気の実施:
屋内作業場においては、自然換気だけでなく、換気扇や送風機などを活用するなど、適切な換気を行い、熱がこもらないようにする必要があります。
ウ 遮光対策:
屋外作業現場においては、日よけシートやテントの設置、作業員への帽子や保護具の着用など日差しを遮るための措置を講じる必要があります。
(4) 労働者の健康管理
ア 水分・塩分補給の指示と支援:
作業中に労働者が適切に水分・塩分を補給できるよう、指示を出すとともに、必要な飲料水や塩分補給のための食品などを準備する必要があります。
イ 健康状態の確認:
作業開始前や作業中、休憩時間などに、体調不良を訴える労働者がいた場合は、速やかに適切な対応をとることなど、労働者の健康状態を確認するよう努める必要があります。
ウ 熱中症に関する教育:
労働者に対し、熱中症の予防方法や症状、緊急時の対応などについて教育を行う必要があります。
(5) 救急体制の整備
ア 緊急時の対応:
熱中症が発生した場合の対応について、救急連絡体制の整備、応急処置の方法、医療機関との連携など、あらかじめ計画を立て、労働者に周知しておく必要があります。
イ 記録の作成・保存:
実施した熱中症対策の内容や、WBGT値の測定記録などを一定期間保存することが求められます。
3 熱中症の疑いがある者に対する対応要領
もし従業員に、次のような熱中症の疑いがある症状が見られた場合は、以下の対応を迅速に行いましょう。
- 他覚症状:ふらつき、生あくび、失神、大量発汗、痙攣など
- 自覚症状:めまい、筋肉痛、筋肉硬直(こむらがえり)、頭痛、不快感、吐き気、倦怠感、高体温など
(1)涼しい場所への移動:日光の当たらない、風通しの良い場所に移動させましょう。
(2)冷却:作業服を脱がせ、全身に水をかけるなどして、全身を急速に冷却しましょう。特に、首、脇の下、股関節などを冷やすのが効果的です。
(3)水分と塩分の同時補給:意識がある場合は、水分と塩分を含んだ飲料(スポーツドリンクなど)を少しずつ与えましょう。水分のみの補給は塩分割合がさらに低下するおそれがあります。
(4)医療機関への連絡:症状が改善しない場合や、意識がない場合は、速やかに医療機関に連絡し、指示を仰ぎましょう。
まとめ
地球沸騰化とも言える現代において、熱中症はもはや他人事ではありません。2025年6月の労働安全衛生法省令改正は、事業者の皆様に、従業員の命と健康を守るためのより一層の取り組みを求めるものです。本コラムで解説した基本的考え方、具体的な現場対応、そして義務化の内容をしっかりと理解し、今すぐに熱中症対策を強化していくことが重要です。
厳しい労働環境下でも、適切な対策を講じることで、私たちは熱中症に打ち勝つことができます。従業員一人ひとりが安心して働ける環境づくりは、企業の持続的な成長の礎となります。この機会を捉え、全社一丸となって熱中症対策に取り組み、「地球沸騰化時代」を乗り越えましょう。