Column コラム

Vol.41【従業員の安全確保/「オートロック」の過信が生む防犯の落とし穴】~マンション居住(ひとり住まい)女性の防犯対策

はじめに

先日、神戸市内において、女性が自宅マンションのエレベーター内で見知らぬ男に突然襲撃され、命を奪われるという痛ましい事件が発生し、社会に大きな衝撃を与えました。マンションにオートロック機能が備わっていたにもかかわらず事件が発生したという事実は、「安全」に対する私たちの認識を根底から揺さぶるものです。

この事件は、決して他人事ではありません。貴社で働く従業員、特に一人暮らしの女性が同様の危機に直面する可能性はゼロではないのです。

本稿が、貴社の従業員を守るための一助となりますと幸いに存じます。


1.オートロックの過信とストーカー犯罪の実態

(1)あなたの従業員も狙われる?ストーカー犯罪の現状

「ストーカー」と聞くと、個人的な恋愛関係のもつれを想像しがちですが、その実態はより広範に及んでいます。警察庁の最新データによると、ストーカー被害者の約8割が女性であり、20代から40代が被害・加害の双方で中心的な年齢層です。

行為形態としては「つきまとい」や「面会要求」が多数を占めますが、特に注目すべきは、行為者との関係性です。実に約1割が「面識なし」のケースであり、今回の神戸の事件も、容疑者が被害者と面識がなかったと供述しています。これは、職場を出た瞬間から、誰もが潜在的な危険にさらされていることを示唆しています。

また、顧客からのカスタマーハラスメントがエスカレートしたり、社内の人間関係のトラブルが私生活にまで波及したりと、職場に関係するストーカー被害も決して無視できません。

(2)「オートロック」だから安全、という幻想

オートロックは確かに一定の防犯効果がありますが、それを過信することは極めて危険です。オートロックは、部外者の侵入を完全に防ぐものではないという認識が不可欠です。

オートロックの主な侵入リスク
共連れ:住民が開錠したタイミングで、後から一緒に入ってくる。
なりすまし:宅配業者や訪問業者を装って侵入する。
暗証番号の漏洩:何らかの形で知られた暗証番号を使われる。

「オートロックがあるから」という安心感が、かえって自宅玄関や窓の施錠を怠らせ、防犯意識の低下を招くことがあります。この心理的な隙こそが、犯罪者に付け入る最大の弱点となるのです。オートロックはあくまで「安全性を高めるための補助的な設備」と捉え、基本的な防犯意識を常に高く持つ必要があります。


2.今日から実践できる個人の防犯対策

01. 警戒心を解かないための行動指針

多くの人は、遠方や知らない土地では慎重に行動する一方、見慣れた自宅周辺では「安全だ」と思い込み、警戒心が緩みがちです。この心理的な隙を自覚し、日頃から以下の行動を徹底するよう、従業員へ周知することが重要です。

  • 自宅ドアの確認:内側からドアを開ける際は、無警戒に開かず、必ずドアスコープで外に不審者がいないか確認する。
  • 高層階でも油断しない:最上階だからと安心せず、窓の施錠は徹底する。屋上からロープ等で降りてくる「下がり蜘蛛」という侵入窃盗の手口も存在します。
  • ながらスマホは厳禁:歩きながらスマートフォンを操作したり、イヤホンで音楽を聴いたりする行為は、周囲への注意を著しく散漫にします。背後からの接近に気づけず、襲撃への対応が瞬時にできません。これでは犯罪者に「無防備です」と知らせているようなものです。

(1) 通勤・帰宅時のリスクを軽減する

駅やコンビニなど、多くの人が行き交う場所は、犯罪者がターゲットを物色する格好の場所でもあります。

  • エレベーターの安全確保:帰宅時、マンションのエントランスで背後に人がいないか確認しましょう。もし不審に感じたら、決して一緒にエレベーターには乗らず、やり過ごすなどの対応が必要です。エレベーター内では、すぐに非常ボタンを押せる操作盤の前に立つことを心がけてください。
  • 夜間コンビニの注意点:夜のコンビニは店内が明るく、外から中の様子がよく見えます。「お弁当を一人分だけ購入する」といった行動から、一人暮らしであることを見極められる可能性があります。
  • 帰宅時間のカモフラージュ:毎日同じ時間に帰宅し、部屋の照明が点灯することで、生活パターンを外部に知らせてしまうリスクがあります。帰宅時間を特定されないよう、外出時にあえて室内の照明をつけたままにするなどの工夫も有効です。

(2) 住居の防犯レベルを上げる

特に一人暮らしの女性社員に対しては、住居の防犯対策についても具体的な助言が求められます。1階に住む場合は、窓やベランダからの侵入リスクが高まるため、以下のような追加対策を推奨しましょう。

  • 窓に防犯フィルムを貼付する
  • 窓に補助錠を取り付ける
  • 窓ガラスの破壊を検知するセンサーや人感センサーライトを設置する

従業員の安全を守る企業の危機管理体制

(1)従業員が安心して相談できる環境づくり

職場でのハラスメントは、個人の尊厳を傷つけるだけでなく、心身の疲弊から防犯への注意力を低下させ、新たな事件に巻き込まれるリスクを高めます。

企業は、ハラスメント防止策を徹底するとともに、従業員が「相談しても大丈夫」と感じられる心理的安全性の高い環境を構築することが不可欠です。社内にプライバシーが守られる相談窓口を設置し、必要に応じて外部の専門機関と連携する体制を整えましょう。

また、ストーカー被害が深刻化する前に警察へ相談・被害申告を行うよう促すことも重要です。その際、メールやLINEの記録、行動の記録といった証拠が求められることを事前に周知しておくことで、迅速な対応を後押しできます。

(2)企業ができる具体的な安全支援策

企業は、福利厚生の一環として、従業員の物理的な安全を守るための具体的なサポートを提供することも可能です。

  • 防犯グッズの推奨・提供:防犯ブザーや催涙スプレー、窓用防犯フィルムなどの情報を提供したり、購入費用を補助したりすることも有効です。
  • 帰宅支援策の検討:夜間や深夜の帰宅時にタクシー利用を補助する制度や、社員同士で声をかけあって帰宅するよう促す文化づくりも、リスク軽減に繋がります。
  • 防犯・危機管理教育の実施:今回のような事件を題材に、全社員を対象とした防犯セミナーを実施し、専門家から具体的な危険事例や対策を学ぶ機会を設けることで、組織全体の危機管理意識を高めることができます。

(3)組織と個人の「共創」による安全保障の実現

真の危機管理とは、社員が精神的にも物理的にも安心して働ける環境を整備することに他なりません。テレワークの普及など働き方が多様化する現代において、企業は以下のような組織的な安全保障体制を構築する必要があります。

  • 危機管理マニュアルの見直し:従来の通勤ルートだけでなく、在宅勤務時の自宅周辺のリスクなども網羅した、時代に即したマニュアルへ更新する。
  • 安否確認システムの導入:自然災害時だけでなく、広域での犯罪発生時にも社員の安否を迅速に確認できるシステムを導入する。
  • 警察との連携強化:日頃から所轄の警察署と連携し、地域の不審者情報や犯罪発生状況について情報共有を行う体制を構築する。

今回の事件を、自社の危機管理体制を再考する機会と捉え、社員一人ひとりの安全を守るための具体的な行動を始めることが求められています。


まとめ

安全は「当たり前」ではない

今回の神戸の事件は、私たちの「安全」に対する認識がいかに脆いものであるかを突きつけました。オートロックという物理的な安全装置も、人間の心理的な隙や油断の前では無力化され得ます。

企業として、私たちはこの教訓を深く心に刻み、事業継続計画(BCP)だけでなく、従業員の生命と安全を守る「従業員保護計画(EEP)」を最優先課題とすべきです。物理的な防犯対策の提供社員の精神的なケア、そして個人の防犯意識向上への継続的な啓発。この三位一体の取り組みこそが、現代社会における真の危機管理と言えるでしょう。

安全は、与えられるものではなく、組織と個人が共に創り上げていくものです。

ジェイエスティーでは、企業の危機管理体制構築や従業員向け防犯セミナーの実施など、企業の安全保障に関する包括的なコンサルティングを提供しております。社員の皆様の安全確保に関する課題がございましたら、お気軽にご相談ください。


今回のコラムは、以下の顧問の方にご監修いただきました。

西岡 敏成
ジェイエスティー顧問
・元兵庫県警警視長
・警備・公安・刑事に従事
・2002年日韓W杯警備を指揮後、姫路警察署長・播磨方面本部長を歴任
・元関西国際大学人間科学部教授

ジェイエスティーには危機管理エキスパートが複数在籍しております。
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