Column コラム

Vol.42【ビジネスケアラー支援/企業が守る仕事と介護の両立】

「仕事か、介護か」という究極の選択を迫られる時代は、もう終わりを告げようとしています。かつては個人の問題として捉えられがちだった「介護」が、今や企業経営を揺るがす深刻なリスクとなり、社会全体で向き合うべき課題となっています。

少子高齢化が進む日本において、働き手世代が親の介護を担う「ビジネスケアラー」は増加の一途をたどっています。彼らが直面する「仕事と介護の両立」という困難は、単なる個人の負担にとどまらず、企業の生産性低下や人材流出という形で直接的な損失をもたらしています。

本コラムでは、ビジネスケアラーが企業に与える影響とその支援策について解説します。


LINEUP1:働きながら介護する「ビジネスケアラー」のリアル

(1)増加するビジネスケアラーの現状

近年、「ビジネスケアラー」と呼ばれる、働きながら家族の介護を行う人々が急増しています。2022年には介護を担う人の約2人に1人がビジネスケアラーとなっており、その数は365万人に達しています。

(2) 企業に与える経済的・人材的な損失

ビジネスケアラーが直面する仕事と介護の両立の困難は、企業に甚大な影響を及ぼします。

ア 生産性の低下

介護による身体的・精神的な負担は、仕事への集中力や意欲を低下させ、生産性の低下を引き起こします。

イ 介護離職

仕事と介護の両立が困難になり、やむなく仕事を辞めてしまう「介護離職」は、企業にとって大きな損失です。特に、介護を担う可能性が高い40代から50代のベテラン層や管理職・経営層の離職は、企業の中核を失うことになり、事業継続に深刻な影響を与えます。

ウ 経済的損失額

介護離職による経済的損失は、2030年には約9兆1,792億円に上ると試算されています。1社あたりの損失額を見ると、従業員3,000名規模の大企業で年間約6億2,415万円、従業員100名規模の中小企業でも年間約773万円に達します。

(3)親の介護が始まる時の心理的変化

介護は、ある日突然始まります。多くの場合、十分な準備ができていないまま、親の介護に直面することになります。その時の心理的プロセスは、以下の段階をたどることが多いとされています。

介護に直面した時の心理的ステップ

  • 戸惑いと不安:「どうすればいいのかわからない」という不安
  • 混乱、怒り、拒絶:現状を受け入れられず、混乱や怒りを感じる
  • 割り切りと諦め:「もう元には戻らない」という現実を少しずつ受け入れる
  • 受容:親の意思を尊重しながら介護に向き合っていく覚悟が決まる

これらの心理的変化は、仕事のパフォーマンスにも影響を及ぼすことがあります。

LINEUP2:企業に求められる「仕事と介護の両立支援」

(1) 介護支援制度の利用状況

2022年9月から2023年8月までの間に、介護離職者が出た企業の割合は、10.1%に上ります。その一方で、介護休暇や介護休業制度を利用していない人の割合は54.5%にものぼり、制度があっても利用されない理由としては「代わりの人材がいない」「制度の存在を知らない」「利用できる雰囲気ではない」といったものが挙げられます。

(2) 企業が取り組むべき具体的な支援策

ビジネスケアラーを支援し、企業の持続的な成長を維持するためには、以下のような取り組みが不可欠です。

ア 実態把握

まずは、従業員を対象にアンケートやヒアリングを行い、介護の現状や将来的な支援のニーズを把握することが重要です。

イ 法律・制度の周知徹底

育児・介護休業法に基づく介護休業や介護休暇などの制度を従業員に周知し、利用しやすい環境を整える必要があります。

主な介護支援制度

  • 介護休業:対象家族1人につき、通算93日(3回まで分割取得可能)
  • 介護休暇:対象家族1人につき、年間5日まで(当日申請も可能)

といった制度の活用を促しましょう。

ウ 柔軟な働き方の導入

短時間勤務制度やフレックスタイム制度、在宅勤務(テレワーク)など、多様な働き方を導入することで、介護と仕事の両立をサポートできます。

エ 情報提供・相談体制の整備

介護に関する情報(公的制度やサービスなど)を従業員に提供したり、社内外の専門家(社会保険労務士、ケアマネージャー、地域包括支援センターなど)に相談できる窓口を設けることも効果的です。

オ 研修の実施

介護は誰もが直面しうる問題であるという認識を全社員で共有するため、介護に関する研修を実施することが有効です。経営トップが積極的に支援を表明することで、より良い企業風土を醸成できます。

LINEUP3:企業の成長に繋がる「人財」戦略

(1) 意識改革と企業文化の醸成

介護を「個人の問題」ではなく、「企業全体で取り組む課題」として捉える意識改革が必要です。経営トップが率先して重要性を発信し、全従業員がビジネスケアラーへの理解を深める文化を醸成しましょう。社内研修やeラーニングで正しい知識を共有することで、従業員が一人で悩まずに相談できる風通しの良い環境が生まれます。

(2) 介護は長期戦であるという認識

介護は5年から10年と長期にわたることが多く、その間、ビジネスケアラーは大きな不安やストレス、疲労、孤独感を感じる可能性があります。企業がこの現実を理解し、長期的な視点で支援を続けることが大切です。

(3) 「共倒れ」を防ぐための支援

介護者は「親に恩返しをしたい」「仕事を辞めてでも介護をするべきだ」といった責任感から、無理をしてしまいがちです。しかし、無理を続ければ、介護者自身の心身が壊れてしまい、共倒れになるリスクがあります。
そうなる前に、介護のプロに任せることや、介護施設を利用することも、立派な親孝行であるということを企業が伝え、介護者が自分自身の人生を大切にできるような支援をすることが重要です。

(4) 多様な働き方の柔軟な提供

育児・介護休業法に基づく制度に加え、独自の支援策で従業員のエンゲージメントを高めます。フルリモートワークや短時間勤務制度の拡充、フレックスタイム制度の柔軟な運用、特別有給休暇の付与などを通じて、仕事と介護の両立を強力にサポートできます。また、急な休みに対応できるよう、ダブルキャスト制度も有効です。

(5) 専門家による相談窓口の設置

介護は専門知識が必要なため、従業員の負担を軽減する相談窓口が必要です。社内の人事担当者が窓口となるほか、社会保険労務士などの外部専門家と連携し、従業員が直接相談できる体制を構築しましょう。

(6) キャリアプランニングの支援

介護を理由にキャリアを諦めないようサポートすることが重要です。介護と両立できるキャリアプランを一緒に考えるための定期的な面談や、リモートで受講できる研修、資格取得支援を提供しましょう。介護休業から復帰する際も、スムーズに職場に戻れるよう、ブランクを埋めるための復職支援も効果的です。

(7) 介護離職予備軍への早期アプローチ

介護は突然始まるため、事前に備えてもらうための支援が重要です。定期的な匿名アンケートで従業員の介護状況を把握したり、介護保険制度や準備すべきことをテーマにしたセミナーを定期開催したりすることで、将来的な介護離職を防げます。また、介護の情報をまとめた企業独自の「介護資料」を配布することも有効な手段です。

ビジネスケアラー支援は、単なる福利厚生ではなく、企業のリスクマネジメントであり、持続的な成長を支える人財戦略そのものです。少子高齢化が進む日本において、従業員一人ひとりが安心して働き続けられる環境を整えることは、企業の競争力向上に直結します。
仕事と介護の両立支援を通じて、大切な「人財」を守り、企業価値を高めていきましょう。

ジェイエスティーでは、企業の危機管理だけでなく、従業員の離職防止や組織体制強化に関するコンサルティングも提供しております。大切な人財を守るための制度設計でお悩みの際は、お気軽にご相談ください。


今回のコラムは、以下の顧問の方にご監修いただきました。

西岡 敏成
ジェイエスティー顧問
・元兵庫県警警視長
・警備・公安・刑事に従事
・2002年日韓W杯警備を指揮後、姫路警察署長・播磨方面本部長を歴任
・元関西国際大学人間科学部教授

ジェイエスティーには危機管理エキスパートが複数在籍しております。
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